かにさん記録 blog

日々の思うこと、好きなこと、考えの整理!

能動的な非日常感

旅行やテーマパークでどっぷりと非日常を味わうことで、さー頑張ろう、明日からも!と、いう1つのスイッチになるし、それを定期的に出来るのが理想ダナーと私は思っています。
楽しみ、リフレッシュと解放と、目標にする事でのモチベーション…と、その効果も色々だし人それぞれでの個性も意味合いも色々でしょう。私の場合、現実はそう上手くいかず、むしろ下手すぎて解放もリフレッシュもできず鬱々しちゃうこともしばしば。

でも今日は、いつもの私からすると短い時間でも良い時間を過ごせたな、と感じて嬉しくなったので綴ります。
昨日まで6連勤だったのでとりあえず、今日1日で家事などのやる事を終えて、更に楽しみとリフレッシュの目的を果たしたい!!でなければ明日からのはキツイ!!!と思ったので、身近で普段やらない事で思いついたことや、やってみたかったことをやってみました。
この間も書いた、さとーはねるさんの1日1つ新しい事やってみようを今週分はまとめて今日ギュッとやった感じ。
①オススメしてもらったスープカレー屋さんに行く
②新しいお店の開拓
③市電に乗って目的地へ行く
④ループ市電を一周して乗る
スマホを見ない時間を作る(短時間に終わったけれど…)
⑥普段は買わない色のコスメを買う

最初、3つくらいしかやっていない…か?と思ったけれど、小さいことも含めれば少なくとも6つはありました。
新しいお店や好きなスープカレーをどこかへ行って食べることは今までもあったのですが、その交通手段と移動距離の長さが違ったので、より新鮮味も増した、良い時間!と頭も認識したのかもしれません。これが、いつもと同じようにして似たような距離の移動で、見慣れた風景の中だったら、そう大きな面白さは感じなかったのかもしれないです。

私の頭の単純さもあるのかと思いますが、新しさに触れる事でこんなにも気分が変わるのかーと、今後の非日常感獲得の良い材料を得ました。
そして、満足感を得られると、家にもサッと帰りたくなるものです。さぁ、明日もあるし早く帰って準備しよう、寝よう…と。夜な夜な遊び歩いたり、夜更かしする人は、仕事にしろ遊びにしろ、お昼の時間帯が充実していないからだ、という話を聞いたことがあるのですが、本当にそうだと思いました。

自分で自分の機嫌を取るように、満たされた時間を作ろうとすることは大事ですが、いかに健康的に満たされた時間を作るかということも大事だなぁと、実感しました。その、非日常感をどうやって作ろうか、何をしたら頭が喜ぶかを考えるのは、ちょっと楽しい経験でした。

遊び心と安全基地

こうしたら、普段の中に遊びがあって楽しみが生まれるなぁ、冒険心を掻き立てられたり変化することを楽しめるなぁと。
たまにやってみたこともあったけれど、次の日には忘れちゃっていた私なので、また始めてみようかなとおもいます。

さとーはねるさんのぶろぐから。
小さな新しいことを取り入れる - 巧遅より拙速
いろんな小さなことで成功や失敗や、良い発見好きなもの嫌なもの苦手なことの発見や再認識の積み重ねをするよう。塵も積もれば山となる、と同じようでたくさんの何でもない日々の経験がいつか何かのためになったりアイデアやヒントの欠片になるのかもしれないと思いました。そして、何に出会えるかな?というアンテナも、前以上に高くなるのかも。
こういう何気ないところから、自分を知り、自分が何たるかということを見つけられるようにもなる気がします。

あとは、馴染みの店で「いつもの」を頼み、見知った顔に会う安心感が、私自身大好きでもあり迷うとココに行こう、と落ち着く場所もあります。そこが安全基地としてあるからまた別の何かに行ってみようやってみようと変化を楽しめる気持ちや余裕が生まれるのでしょうね。赤ちゃんの安全基地はお母さんで、帰る場所はココだ!と思っていられるから色んなところへハイハイして冒険に行けるように。
そして多分、やってみて行ってみて、日常の変わらなさにホッと安堵する有り難さみたいなものにも気づくのかもしれないです。

外に出ないと、何が好きで嫌いで、中の居心地の良し悪しも分かりませんからね。

おにぎりの話

ばたついたまま5月が過ぎ去っていきま…した!仕事も全体的に皆慌ただしい。でもいつの間にか日中は夏日になったり、夜も日が長くなって、いつもより少し歩いて帰ろうかと気分転換したくなる日も多くなりました。

ポータブル完全食「おにぎり」 #死なない杯 - インターネットの備忘録

はせさんがおにぎりの話を書いておられて、私もおにぎりが好きなのと、ご飯を食べることの大事さを感じているので。綴ります。

我が家では、高校からおにぎり作りは私の役目でした。家庭科で「丸型、三角、たわら」の三種類を作り分けるテストが、確か入学早々にあってその練習のために作り始めたのがきっかけでした。
母がおかずを作っている間に、私はのそのそ起きて炊きたてご飯をおにぎり2個分アルミボウルに入れて少し冷まして、中に入れる梅とか梅とか梅(ほぼ梅だった気がする)を必要分だけ取り分け二等分に(この辺は結構母がやってくれていた気がする)。両手にお塩を刷り込み、冷ましたご飯を半分くらい手に取って、梅ポジションを空けるようにご飯を少し形作る。真ん中の梅ポジションにしっかり梅をのせて、全方面からご飯で包み込んでとじる。リズムよく回転させながら、三角型にした手に収まるように形を作っていく。普通です。

かたくなりすぎず、でも後で持った時にぼろぼろと崩れないように。食べた時にふんわりとした感じの口当たりになるように。たかがおにぎりですが、毎日握っていたら、何となくうまい包み具合で握れるようになりました。
普段自分のおにぎりしか食べていなかったので何とも思いませんでしたが、家以外で、BBQか何かの時に頼まれておにぎりを作った時に「なんかおにぎり美味い!」「お米も海苔もフツーのですよ」「じゃあ握り方上手いのかな?」と言われてから「おにぎりを作るのも上手い下手があるのか!」と、ちょっと自信になりました。

いま、昼食には休みの日に作り置きしたおかずとおにぎりを持参していますが、習慣になっていたおかげかおにぎり作りは苦ではなく、むしろちょっと楽しい作業です。
母に聞いたところ、深い意図はなく最初の「家庭科のテストのために作ったら?」の意味合いしか無かったらしいですが、おにぎり作りが苦なくできる基盤と、ご飯を美味しく食べたい基盤は家で培われた有難いもので今の自分がいるんだなぁ…。と、改めておもったのでした。

今日の、お昼もおにぎりです。冷凍保存したものを持ってきたので、具は食べてからのお楽しみ。

食べないとやって行けない

ご飯を食べる楽しみがなくなったら私は死んじゃうな、と思った週末でした。

空腹になると、自分でも悲しくなるくらいイライラするし悲観的になるし困ったことになるのは前からなのですが、雨降りの日や仕事などでクタクタになりすぎるとさらに拍車がかかる事案が今週末でした。
性欲を向けるものがないと食欲に走るって聞いたことあるけど、人間も所詮は動物ってことだわな〜と、過去に先輩に言われたこともあり、それには妙に納得しました。でもそれに納得された私って一体…。

単に栄養を取り入れるだけの意味では無くて、噛み締めて、美味しいなぁ、美味しいなぁって思って、頭も胃もぱぁっと満たされる感じが、生きている中で何だかんだ一番の幸せに君臨しています。他の幸福感も無くはないけれど、おそらく死ぬまでこれは一番な気がします。なんかこれ前にも書いた気がするけれど…。

仕事でも、やっぱり人に最後まであるものは食欲なのだなぁと感じることが多々あります。どんなに体を悪くして器官がうまく働かなくても、寝たきりになっても、生活に関わる他のことを全くしたく無くても、食事やお菓子って人の欲するものです。それ待ちわびて生きるのは、命を繋ぐものの意味あいと、幸福感があるからなのかなぁと、思いました。うまく言えないですが。
皆さんご飯もお菓子も楽しみだし、食べるためにちゃんと食事の準備でエプロンをするし、手洗いもするし、嚥下体操だってやるし、美味しくご飯食べたいよ!という気持ちは、私たちよりも強いように私は感じます。
普段から常にそんなことを思いながら接するわけではなかったのですが、自分のご飯への執着?や幸福感を振り返ると、お腹を満たして幸せになることの意味はここに繋がるなと、思いました。食べるって大事だし、美味しく食べる、食べられるって幸せで大事なことです。
人それぞれ、食べることへの力の注ぎ方が違うとは思うので、朝ごはん要らない派もいれば、サプリで済ます派、食べたいものは何でも食べちゃう派、色々だと思います。
私は今でこそ少しはマシな食生活を送れるようになりましたが、お惣菜やコンビニご飯の続く日、朝ごはんに菓子パンと甘いカフェオレが続く日もあったし、忙しい中偏った食生活で体を壊したりもしました。しっかり整った実家のご飯や、気に入って行っていたバランス良いカフェのランチで癒されて、ご飯サイコー!!!と、いう日を繰り返して今に至ります。
人生の終わりまで、食べ物が食べられて、美味しいなぁと思えて幸せ感じられる生活を送っていきたいな〜と、自分の機嫌をとるのと同時にお腹の機嫌も取らなきゃな、なんてことを思った休日でした。

コレクターの心

5月になったし連休も開けたのですが、ちょいとリズム狂う感じの出勤体制な今週です。

当たり前のことが当たり前に分からない私が、はっ!!!!としたこと。
お気に入りの食器を、フィギュアを、雑貨を、お金が貯まる度にコツコツ買い揃えて行くようなことやその過程は人生でとても必要だなぁ、ということです。

以前も書いた気がする、一足飛びになんでもやりたい、上手く行っていたい、同じタイミングで完了していたい、揃えていたい、という傾向にある私なので…恐らく当たり前に他の人が思って通り過ぎて来たことに、またなるほど…と一人納得した、ゆとりの空間In大丸。

自分はなぜ、色んなことを良いように、すんなりトントンといっぺんに完了できて、新しいステージなりレベルアップした先に行きたい!!!!と思っていたのかな〜という事を考えていました。
今までを考えると、その成功は他でもない、周りからの有難い援助や心遣いや助言などなどがあっての事ではあるのですが、自分の実力以上のものを与えてもらい、ポーンと基礎から最終形態に飛び級していたからなんだなぁ、と分かってはいました…が。それが「当たり前」になり過ぎていて、次に自分だけの力でやろうとした時に上手くいかない事にハテナマークが沢山ついて「つまづいた、もうダメだ〜」と、なっていたのは、身の程知らずだし今すぐ一足飛びに別ステージやレベルアップした先にいける!と、どこかで思っていたんだろう、と。ようは、グンと大きな力をいただきながらも、それを自分の力だと勘違いして、自分こんなものではない!ということを思っていた、ということでした。
すっきり。やっぱり私何様だし万能感半端ないです。そのおかげでのびのびやって来られたという産物もありますが、恐らく各所へ迷惑はかけまくって今に至っています。

このはっ!が生まれたきっかけは、ばらばらな2つの近況報告からの繋がり。
1つは、以前ボランティア活動のグループで出会った子の近況報告で、転職か転勤か結婚かで悩んだけれど、自分のスキルアップと目標のために地元へ転職をし、少し頑張った後に、愛する彼のところへ嫁へ行く選択をしました!と、この春の動きを記したのを見たタイミング(待ってくれる彼カッコいいな!と思ったのは言うまでもなく)。それから、GWに海外旅行をした友だちが、コツコツ買い揃えているお気に入りのメーカーの食器がまた少し購入できて嬉しい!という話。
普通に聞いていたらへーとしか思わなかったのですが、たまたまぶち当たっていた事柄と、2つの話が私の中では良いように混ざり合って「コツコツ」と「大事にじっくり取り組むこと」に繋がってひとつの答えになりました。

コツコツ取り組むことや少しずつ進むことの辛抱や、時には一進一退する事の大変さは何につけてもある事で、でもそれは何のためにと言ったら自分のためにする事で「自分が望む結果のため」に尽きるんですよね。それぞれ、上の2人は目標とする事のために、という最終的なゴールが明確で、そのための過程やコツコツの大事さ、を大切にしているなぁ、と思いました。だからということではないですが、テレビで見る何かのコレクターさんの持続性やコツコツさってそう考えると凄まじいものだと、改めて思いました…!

私に必要で足りないもの!コツコツやっていないわけではないけれど、目標のために力を注ぎ続けられる辛抱強さとか、持続性、何をゴールに見据えるかということの設定ですね。何となくやらないこと。ここまで行ったら次はこう!というもの。あとは時間のリミットの設定。何にでも通じることですね、たぶん。
やっぱりまとまりないですが、辛抱強さとコツコツと目標設定。ぼんやり日々過ごさずに、自分がやりきった!と言える、自分を充実させられる生活を送ることに重きを置いて日々生きようと思いました。

ゆるゆると大人になろう。

今月ほとんど更新できずに終わってしまったので4月最後の最後に1つ。
今日は私の悪い癖が一人で炸裂したと気づいたので記してみます。独りよがりになる件について。

周りがとてつもなく羨ましく、大変に楽しそうに見えてきて、ぶらっとしようと気分転換に外へ出たはずなのに、結局は何の目的もなく出てきた私は何のためにここにきたのかなー…とどうしようもないことを考えて、意味もなく落ち込んでしまいました。とても無意味なことなのだけれど。結局は独りよがりだからそういう思考に陥って、勝手にひとりぼっちだなーとか、寂しいなーと感じるのだと思います。

でも事実、ひとりぼっちで街をぶらついていることには変わりなくて、そしてだからと言ってさっさと帰ってテレビ見てた方が良い!ネットサーフィンしてやる!とかそういうことにもならず、本当に自分でも面倒マインド。それも独りよがりというか勝手。雑踏の中には居たくないけれど、人のいるところには居たい、でも気心知れた仲間たちとギュッとした感じで居たいわけでもない。なので、空席の多そうなカフェとかそういうところでとりあえずの時間を過ごし、周りの音を聞いたりその辺眺めてみたりします。そしてある程度の諦めというか、気が済んで自分なりに納得したり満足するとスッキリ家に帰る。そんな感じなのです。

独りよがりになっていればいるほど、視野は狭くなるし周りのことも見えなくて自分のこともきちんと出来ていなくて、ハッと気づけばなんだかとってもイヤな奴に成り下がっている。気づけるうちはまだ良いのかな。色々なことをして回復できる時は色々とやってみて、視点を変えたり別のことに力を注いでみたりもできると思います。あぁ、スッキリしたーとか、くさっても居られないなーとか。思い直して、あぁ自分のことばっかりになってたなーって言えるので。あとは、そんな自分の様子を見て「どうした最近!」と引き上げてくれる人がいれば最高に良い。あとは、独りよがりになっている人をみて反面教師として、自分のことを振り返ってみるとか。返る方法は、人によってもっと色々あると思います。

当たり前のことですが、誰にでもいい時もあれば悪い時もあって、それが繰り返したりちょっと比率が一時的に偏ったりしながら人生送っていくので、今までの良かったことを良かった、恵まれていた、自分にとっては嬉しいことだったという認識をするきっかけという風に考えよう。

生きていて、毎日がスペシャルに嬉しいことや楽しいことの繰り返しじゃないのは、今までの人生で知っているはずなのに、きちんと分かっていなかったからそんな事を考えるのだと思います。そんなに素晴らしい毎日じゃないから、毎日起こる色んな出来事に喜怒哀楽しながらなんだかんだがむしゃらに生きて、より自分が行きたい方へ行こうとする。

私はどこに自分が行きたいのか分からなくて、周りの人たちの外に見えるキラキラさだけを切り取って羨ましがって、たまにこうやって一人でチーン…となるのも1つあるのかもしれないです。ふー…なんなんだコレ…。でも、変な事を考える自分もちゃんと自分の一部で、ポンコツでもまぁ良いよ、自分が思うより良くもないけれど、悪くだってないしそれでもいいじゃない。

結論まとまらないけれど。年齢は大人になっても頭はまだ大人になれてないけれど、とってもポジティブに考えて、まだ伸びしろがあるってことにしておこう。

コインランドリー

祝日ですが普通の土曜日!連休前半なんていう感覚はほぼ無い、昼下がり。

今日初めて、乾燥機のみですがコインランドリーを利用してみました。今更ですが、もうめっちゃくちゃ便利!!!!!近所にあるのは知っていましたが、使ってみようとは思った事がなかったので…今思えば何でだろう?今回、タオルケットと布団カバーをメインに、バスタオルや仕事で使うジーンズでお試し。万が一変なことになってもまぁ良いか、と言えるものにしよう、でも大きい乾燥機だから出来れば無駄なく使えるようにしたいな〜ということで。

洗濯まですると、量が多い想定というのもあるからなのか、なかなかのお値段になりそうだったので、洗濯だけとりあえず家で済ませて、乾燥機のみにしました。いつもながーーーい時間をかけて部屋のなかに日が入るようにしながら干していたあの苦労は何だったのかしら…と、思うほどあっという間に乾くのはもちろん、それ以上に感動したのはフッカフカの布団カバーとタオルケット!コインランドリーはガス乾燥機なので、仕上がりはフワフワですよ、ということは調べた時に書いてあったのですが、本当に気持ち良くフワフワで幸せな気分〜。メイクしていなかったらそのまま顔にうわああぁぁ〜ワシャワシャ〜!!!としたいくらい仕上がり気持ち良い!!若干の静電気はあるけれど、それは仕方ない。いや、知らなさすぎて、でもあまりのフワフワ具合にこの感動を残しておきたくなったのです。そのくらい単純に思わず、スゲー!!!と、なったわけです。

行ってみて知ったのですが、乾燥機のみ使用している人が多いのですね〜。普段のお洋服やタオル類らしきものが主なような人がほとんどらしく、小さい乾燥機がなかなか混んでいました。あとは、小さめのコタツ布団を乾燥機にかけていた人もいて、ちょうど取り出した時にチラ見したら、それがまたフワッフワで…!!同じように、できれば取り出し後すぐさまフワフワを感じたいところなのですが、私のコタツ布団はまず家洗濯ができないので、普通のクリーニングにお願いしようと思います…でも、普通のタオルケットは乾燥機のみまた利用しようと、もう既に楽しみです。

知らないって損だし恥ずかしいし、こういう世間の色々なことが身についていないなぁとまた改めて思います。1つ、生活の知恵をいただきました。

結論、お洗濯気持ち良い!ガス乾燥機最高!