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かにさん記録 blog

日々の思うこと、好きなこと、考えの整理!

叶わない日

きょうの出来事

朝の出勤途中でちょっと駄々コネた年中さんくらいの女の子がお母さんと地下鉄に乗っていました(ママも女の子もなんだか眠そうだった)。ちゃんと座席に座らずに立ってフラフラする女の子にお母さんは困っていて、最初お母さんは座っていたのだけれど、女の子がフラフラしてお母さんにくっついたり離れたりしながらして立っているので、周りにも邪魔になるからと座らせようとするのだけれど、全く言うことは聞かず、何度も何度も眠くて甘えたそうな、ヒザの上に乗ろうとする女の子をいさめて、立ち上がってしばらくまた座らせようとしてたんだけれど、遂に「いい加減にしてよ!!」って。お母さんはほんと〜に困って多分思わず声をあげちゃったんだろうけど。その後、女の子は諦めたように座って数駅をねて?うなだれて?過ごしていました。

お互いにそうなるよね、って。家でやっていいことと、外でやってはダメなこと、をお母さんは教えたかったんだと思うのだけれど、朝だし眠いしお母さんにくっつきたくて甘えたい、色々やってるうちに引っ込みもつかなくなってきちゃった?女の子はそんなこと分かんないよなぁ、急に言われたって…と、思ったりしました。

仕事へ行くお母さんと一緒に過ごせて甘えられる時間は限られているし、日によってはそばにいて欲しいけれど、それが叶わない時もあるだろうし、渋々諦めなくてはならない不本意な時もあるけれど…。多分そうしながらガマンする事を覚えたり、お母さんが仕事に家事に頑張っていることを、後々は理解していけるようになるのかな、と感じました。あの女の子には今はとっても酷な時間だと思うのだけれど…!

私は陰ながらこっそり応援するしかできないけれど。あの親子を応援したいな。

 

話はかなりずれますが。

私はほぼ専業主婦の親だったので、鍵っ子に憧れを持っていた側でした。そういう子たちに比べると、親の仕事の大変さや頑張りというものを毎日毎日、目の当たりにする機会は共働きや片親の家庭の子に比べると多くはなかったと思います。

そのせいとは言いませんが、私自身の性格や感性からしても、家族に迷惑かけないようにしなきゃ、とか親が頑張ってるから私も頑張らなきゃ、みたいなそういうことも大してなく鈍感に育ったなぁ、と今更思ってもいます。親の苦労や苦悩を知らない訳ではないけれど、のほほんとし過ぎてやり過ごしてきてしまった感。

多分、普通の人が思うような「尊敬する人は親!」とか「ここまで育ててもらって、親孝行しなきゃ!」みたいなことを強烈に感じられなくて、なんて親不孝なんだろう…とも、ここ数年感じています。なんなんだろうな、この感覚…。

親自身は感じて欲しいと思っているはずだし、そういう風に育ててきたつもりだろうと思うのですが、なんというか家族としての繋がりが、私自身にとっては希薄というか、強くないというか。困った時には助け合うし心配しあうとかそういうことは当たり前だけれど、私たちは家族だからこうしなきゃ!とか、盆暮れ正月は集まるのが当たり前!とかそういう事を今まで何気なくやってきたけれど、それって何なんだろう…来ても邪魔そうな私が帰省して意味あんのかな…という、あり得ない思考になることもしばしばあって。いつまでも親がいる訳ではない事も理解しているけれど、年々、親の心配をしていく歳になるはずなのに、そうならず家から段々足も遠のいている気がするし…。

色々なことに対しての感謝とか気持ちを感じなくなっていると、人との関係も希薄になるのかな、と思うし、自分もまさにその類なんだな、と思うのだけれど、なんだかどうしてそういう気持ちになってしまうのか、自分の中でもまだまだまだまとまらなくて、気持ち荒んでるのかな、と思いながら日々過ごすに止まっている状態。

 

ものすっごい話ずれてしまったけれど、親子のことを見て、脱線しつつそんなことを考えました。相変わらず短くまとめきれない。