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かにさん記録 blog

日々の思うこと、好きなこと、考えの整理!

気持ちをあげたい人を選ぶ事

やれやれ春らしくと思ったら雪の降る日もあったけれど、それは一時の気の迷いだったようでちゃんと春になってきました。でもまだコタツは使用中。

 

私の中の大人って、もっと寛容で広い視野のある柔軟な優しい人だと思っていたのに、ちがうなぁ、程遠いなぁと思う最近です。そうなりたいという理想はそれで違いないのですが。難しい。ひとつずつクリアしていたいと思っていたけれど、そのうち1つもままならない。寧ろ、歳を重ねて、色々なことに対しての好き嫌いも増えたし変に人を疑ったり自分に素直でなくなったり、行きたくない方向に進んでしまっているとも気づきました。理想と現実ってこうも乖離するものなんだろうか…。

でも最近、それでもひとつ思うのは、好きじゃないものを何とか無理やり好きになって、付き合おうとするのは止めようということ。今まで「どこか何か良いところがあるはず!嫌いになるのは悪いこと!」と、多分無意識的に思っていたから。初対面の人やものに遭遇した時に、嫌悪感や疑心から入るのは良くないよ、そういう風に物事を見ずに、まずは受け入れようとするのが貴女の良いところだから〜、と言われ続けてきたのもあるのかも、と今ふと思い出しました。

一度巡り合ったものに対する評価は上がったり下がったりするのが普通だし、そうしていたはずだけれど、おそらく、ある一定の「好きじゃないゾーン」に入った後で「嫌い」という括りのゾーンにものや人を区分けしてしまうことに対しての罪悪感や自分の不寛容さのせいでそう考えてしまうのではないか、というある種自分の小ささにガッカリするというやや身の程知らずな感じ。そうしなければ、外れるものがあるのは可哀想なこと、皆一緒でなくてはならない、のような横並び一線にする事で、自分の安心感を得ていたのかもしれないです。

でもそうである必要は全然ないし、差別化されないって逆に変なことで、それこそ不寛容なことなのに、と今は感じているところです。自分の中の感覚を押し殺してまで付き合うものや人なのかって考えると、時間とお金と労力をかける必要のないことなら、本当にムダでただの浪費ですよね。やらなくてはならないことだとまた別の話にはなりますが、選べることなら無理に付き合いで続けなくて良いし別のことに費やした方が、よっぽど精神衛生的にも良い。愛情もお金も時間も労力も、自分の本当に好きなことに費やすべき!あとは同じように費やしてくれる人にちゃんと返すべき!と感じることがあった最近でした。